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概要

広報みのかも12月号

22016.1220馬ま串ぐし山やま牧野から下米田町小山へ向かうと、右手に標高143メートルの馬串山があります。その山頂に戦国時代、金山城(現可児市兼山町)の城主森もり長なが可よしが、城を築きました。天正10(1582)年のことです。当時、敵対していた加治田城(現加茂郡富加町)の城主斎さい藤とう利とし堯たからは牛うしヶが鼻はな砦とりで(現美濃加茂市森山町、「古井の天狗山」辺り)を築いており、これを攻めようとするための臨時的な「陣じん城じろ」だったようです。馬串山の南は木曽川右岸を東西に行き来するための街道でした。それを山裾に沿っていくと、「下米田町今」交差点に至り、現在の主要道は北の川辺町、西の青柳橋から森山町、南の可児市へと向かうことのできる分岐になっています。明治44(1911)年の地図をみると、馬串山の麓から北西に、まっすぐ伸びた街道が記されています。今でも行き交うことのできるその道は、青柳大橋の辺りまで続いており、目の前は牛ヶ鼻砦や森山町の街並みになります。馬串山は、戦国時代から現在も人々が行き交い、見つめ続けてきた風景です。